「じゃあお先に帰らせてもらうよ。鍵や電気の確認よろしくね。」

そう声をかけて最後まで残っていた熟年教師が帰っていった。

「はい、週番のお仕事はちゃんとこなしておきますよ。また新学期に。」

私は会釈をして立ち上がると鍵束を持って職員室を出た。

まだ日も高いが放課後になった校舎の中を歩く。

教室の黒板には卒業式の名残の落書きが残されていた。

窓を一つ一つしっかりとチェックをしながら鍵を閉めていった。

玄関にもしっかりと鍵をかけ、白衣を羽織ると生物室へと入っていく。

教壇の上に立ち、数人のみの生徒たちの顔を見ながら口を開いた。

「皆卒業式は楽しかった?お弁当は食べ終わってるよね。

じゃあ最後の補習を始めましょう。

今回は副作用についての実験をしたいと思いまーす。」

ぎらぎらとした目をしながらこちらを見つめる。

舌なめずりまでしているものまでいた。

「もう君たちも卒業だからね。記念に薬品を使うよ。」

そう言うと待ちきれないように立ち上がった生徒がいた。

3D組の委員長。もう卒業してしまったから元と言うべきか。

とても真面目な子で先生方からの評価も上々だ。

「本日はどのようなポケモンを使うのですか?」

興奮の所為か眼鏡が曇り、肩が震えている。

「いい質問だね。でも見てのお楽しみだよ。」

そう言うと教壇の横にある大きな箱を持ち上げた。

教壇の上に置き、箱の外側を剥がすと水槽のようなものが姿を現した。

水槽の壁はかなり厚く、中には眠ったプリンが入っていた。

「この間のピッピはあんまり長持ちしなかったからね。

もう少し肉付きの良い、似たようなのを選んでみました〜。」

プリンを見せた途端にざわざわとして指の関節を鳴らす子もいる。

,三回手を打つと水を打ったように静かになった。

「さっきも言ったけど今日は手を出せませーん。でも安心して。

補習が終わったらちゃんと卒業記念に一人一つずつプレゼントするから。

中身は家に帰ってから確かめてみてね。」

がっかりした顔をした後飛びっきりの笑顔を見せる。

この年頃の子達の表情は見ていて飽きない。

「それでは始めま〜す。」

微笑みながらプリンをつつく。

「ぷぅ…ぷり?」

大きな瞳を眠たげに開くと周りを見回して不思議そうな顔をした。

「ぷりぃ?ぷりぷり♪」

たくさんの目に見つめられて恥ずかしそうにする。

「うっわぁ…殴りてぇ。」

先ほど指を鳴らしていた不良生徒がそう呟いた。

手を出せないことを念押ししながら薬棚から取り出したビンの蓋を開けた。

中からカプセルをざらざらと取り出すとプリンに話しかけた。

「プリン。君は大変な病気に掛かっているんだ。

これを飲まないと死んでしまう。さぁ早く飲んで。」

口を開けさせカプセルをいっぺんに放り込み水を流し込んだ。

途中で閉じようとする口を無理やり開いて水を流し込む。

「ぷっぶふっあ゛ぇえ゛」

500mlペットボトルに入っていた水を全部入れると

口を押さえがくがくと揺さぶった。

その衝撃と死への恐怖で無理矢理全部飲み込んだ。

元々丸かったプリンの体が少し膨張したように見える。

ある程度効くまで時間があるので生徒たちと『遊ばせる』ことにした。

許可が出た途端に生徒たちはプリンの周りに集まった。

「ほどほどにしといてよ。折角薬飲ませたんだから。」

教壇の端のほうで傍観しつつ煙草に火をつけながら

念のために声をかけておいた。…生徒たちも重々承知しているだろうが。

委員長のみプリンの周りに群がる生徒たちの輪から離れこちらに歩いてきた。

「先生。何を飲ませたのですか?」

「さっき飲ませたのは整腸剤のキノホルム。

少し前に薬害として問題になって使用不可になったあれだよ。

幸い授業で使うということで少量サンプルとしてもらったんだ。」

「教師としての立場を利用して毒薬使用ですか。相変わらずですね。

でもそのおかげでこちらとしては楽しめるのですが。」

煙を避けながらそう言い放つと生徒の輪に入っていった。

委員長と入れ違いに不良生徒の手下の一人が駆け寄ってきた。

「先生。釘と金槌貸して。あいつ動き回ってうぜぇんだ。」

見ると頬を膨らませ小さな手足をばたつかせて飛ぼうとしているプリンと目が合った。

早くも体には青あざができていた。

助けてと哀願するような目を向けられて自然と笑みが浮かんでいた。

煙草を流しに放り込み、釘と金槌を持って私も輪の中に入った。

「ちょっと押さえておいて。」

そう声をかけて釘を小さな手の上にかざす。

「ぷ!ぷりぃぷり!」

何をされるのか感づき身をよじって逃れようとするが

何人もの生徒に押さえつけられていては動けるはずもない。

釘の先を皮膚に差し込む。

ぷつっと皮膚が切れる手ごたえがして血が一筋流れ出す。

「ぷぅ!ぷりいぃっ」

涙をこぼしながらやめろと言うように鳴く。

「こんなことで泣いてちゃこれから先もっと辛いよ?」

微笑みながらそう言うと裏切られたというような表情をしてぷぅ…と一声鳴いた。

気にせず釘の頭を思いっきり叩いた。

「!ぷり゛い゛い゛ぃぃぃぃ」

一度叩いただけであっさり貫通して机に固定される。

他の手足も同様に固定する。

プリンはその度に叫び声をあげ、生徒は歓声を上げた。

「あ、ここもちゃんと止めとかなきゃね。」

頭から垂れ下がった部分を掴むと頭の上へと裏返した。

くるんとカールした部分を引き伸ばすと真ん中あたりに釘を突き刺し固定した。

一通り固定し終えると出ている部分をさらに机にしっかりと打ち付けた。

一打ちすると手足にめり込み、手足ごともう一打ちする。

さらに一打ちすると骨や肉が押しつぶされて机にめり込んだ。

鬱血しているらしく釘の周りは青黒くなっていた。

途中からは喉がつぶれるようなヴぇっヴぉっと言う声しか出さなくなった。

頭の房をしっかり打ち付け終えると白目を剥き泡を吹いて気絶していた。

「駄目だよ。ほら起きて。」

優しい微笑を浮かべ優しく声をかけながら塩を体全体に満遍なく降りかける。

ピンク色の体に雪のように降り積もる。

傷口に相当染みる上に白目を剥いたままだったため目にも入り

半開きだった口にも入った。

「ぷりぃ!?ぷりいいぃぃぃぃぃぃぃ!!」

途端に覚醒し拭おうとするが釘に打ち付けられているため動かそうとするたびに

傷口が広がり、そこに塩が染みて反射的に動かそうとする。悪循環だ。

「あれ?釘が外れちゃいそうだ。ちゃんと打っておかなきゃね。」

金槌を振り上げ四肢の付け根に振り下ろす。

「なんだか手元が狂っちゃうなぁ。」

どす黒くなるほど打ち付けると皮膚が破れ、

打つたびに肉と血を撒き散らす。

「ぶり゛い゛ぃ゛!ぶヴぅ゛ぅ゛」

何度も打ち付けるととうとう手足と頭の房は取れてしまった。

傷口からは赤黒い肉が溢れ出る血の隙間から見え隠れしている。

「綺麗な断面だね。目の色も赤くなったことだし

折角だから色違いのプリンにしてあげようか。ねぇ皆?」

振り返りながらそう言うと

にやにやしながら様子を見ていた生徒たちの手には

すでにカッターや鋏などが握られていた。

「ぷり…?ぷりぃぃ」

泣きすぎて真っ赤に充血した目を生徒たちの方に向け怯えて転がろうとする。

固定するものがなくなった体は真ん丸でボールのようになり非常に転がりやすい。

しかしプリンは一回転した時点で後悔した。

「ぷりいいいいいいぃぃぃぃ」

撒き散らされた塩が傷口に染みこみ激痛が体を震わせる。

反射的に飛んで逃げようと体を膨らますがそれさえも痛みを引き起こす。

傷口周辺の皮膚が引き伸ばされてびりびりとした痛みが体中を駆け巡る。

痛みに耐えかねて空気を吐き出すと浮力を失った体は無様に床に落下した。

「どこに行くんだよ。俺たちと遊ぼうぜ。」

不良生徒がボールと化したプリンの体を持ち上げ塩が撒かれた机の上に置き、

ぱちんと音を立てて折りたたみ式のナイフの刃を出す。

「たっぷり楽しみましょうね。」

委員長もぞっとするような微笑を浮かべてカッターの刃をちきちきと出す。

「ぷ…ぷりぃ…」

「うるさいからこれでも食べていてよ。」

女生徒はそう言い放ち腕や足を口の中に詰め込み、

漏れないようにと裁縫用具を取り出し口を縫い合わせていった。

プリンは吐き出そうと必死だが私たちが口を押さえているので無理だ。

ぷつっぷつっと唇に針が差し込まれるたびに体を震わせる。

「出来たー♪」

数分後には完成し、プリンは口を聞くことができなくなった。

「瞼も縫い合わせちゃおうか?」

「同じにするとつまらないから切っちゃおうよ。」

鋏を持った女生徒は怯えるプリンを押さえつけると

プリンの瞼を持ち上げ端からゆっくりと切っていった。

しょき…じょき…と肉を切るいやな音が響き瞼はゆっくりと体から離れていった。

両目があらわになるが瞼の付け根から流れ出した血で眼球が真っ赤に染まっていた。

私は伸びをしながら短くなった煙草の火を消して声をかけた。

「さて、じゃあ剥がしますか。

しばらく前の時間にピカチュウを使ってお手本を見せたよね。

今回は球だからリンゴの皮を剥く感じでいいよ。」

「じゃあ私に任せて。」

先ほど口を縫い合わせた女生徒が可愛らしいケースに包まれた果物ナイフを取り出した。

頭頂部のあたりに果物ナイフの刃が添えられる。

プリンにとってひやりとした感触は気持ち良いだろうが

これから襲い来る痛みに対する恐怖が勝り、脂汗を流す。

しかしどんなに恐怖を感じても叫び声をあげられない。目を瞑ることも出来ない。

唯一の救いは血と涙で視界がぼやけていることくらいだろう。

「まずは邪魔な耳を取っちゃおうか。」

耳の付け根に刃が当てられる。

「俺にやらせてくれよ。」「僕にもやらせてくださいよ。」

不良生徒と委員長が同時に声をあげる。

『じゃあ片方ずつ』

「ふふ、普段は対立しているくせにこんなときだけは息があうのね。」

流しで瞼を水洗いしていた女生徒にそう言われて

顔を見合わせ、ばつが悪そうな表情をしていた。

「早くしてくれない?皮剥きが出来ないじゃん。」

果物ナイフを片手に女生徒は言う。台所に立つ主婦のようだ。

…手をかけているのは野菜や果物などではなく血まみれのプリンだが。

その声に二人は気を取り直すと刃物を片手に耳を掴んだ。

「――!!――――!!!」

プリンは声にならない悲鳴を上げ、傷が開くのもかまわず身を捩る。

「それでも抵抗してるつもりか?」

「小学生でももう少しまともなことをしますよ。」

大怪我をしていることを無視して勝手なことを言いながら耳の付け根に刃を当てる。

ぷつんと言う音を立てて耳の端がほんの少しだけ浮き上がり

体の色々な所から吹き出した血によって汚れていた耳が

新たに流れ出した血によってさらに汚れていく。

右耳は不良生徒の持つナイフによって、左耳は委員長の持つカッターによって

それぞれ切り進まれていくおぞましい感覚と激痛にプリンはふるふると震えることしか出来なかった。

不良生徒の方は以外に実直な性格なのかナイフを前後に動かし肉を切り進む。

ナイフが血脂にまみれてもお構いなしで切れ味の悪くなったナイフを無理やり進めていく。

最初は服の衣擦れの音だけだったのが今では筋肉や血管が無理やり引きちぎられる

ぶつ・・みち・・・にちゃぁという音が聞こえてきていた。

かつんと骨に当たったかと思うとふっという息を吐き出すと一気にナイフを引いた。

びきぃっとナイフから伝わる感覚に背筋がぞくぞくと震えていることだろう。

プリンはぶるっと身を震わせ、白目を剥きかけるが激痛により気絶することも適わない。

「手早く片付けただけではつまらないでしょうに。もっと手間隙をかけてですね…」

「うるせえな、俺はこれが好きなんだよ。」

「はぁ…最後くらいは綺麗に飾ってあげても良いと思いません?」

委員長の手元を見ると耳の回りにカッターを滑らせ薄く皮膚を剥いていた。

血にまみれた薄皮を剥かれたことによりいっそうピンク色が際立つ。

耳の先をつまみあげると先から根元まで一気に切り裂いた。その行為を五回ほど繰り返す。

つまんでいた部分を切り取ると皮膚によって繋ぎとめられていた肉は自重に耐え切れず

開いた。五弁の皮膚のピンクと血の紅と血脂の薄黄色で鮮やかに彩られた肉の花びらを持ち、

絡みつく血の色に負けず白く光る骨のめしべを持った美しくも醜悪な花が。

「これくらいはしなければ…ねぇ?素材に失礼でしょう。」

真っ赤に濡れた指で、光を跳ね返す眼鏡を押し上げながら委員長は満足げに微笑む。

華の下に手を差し込むと根元の周囲にぴーっと切込みを入れ、

骨とそれにつながる腱だけを残し丁寧に切り裂いていった。

血まみれの刃物を適当に拭い、ポケットにしまうと、二人はそれぞれの耳に手をかけた。

『せーのっ』

ぶちぶちぃと嫌な音を立てて体から離れる耳。

「――――!?―――――!!!!」

激痛に身をよじるプリンは傷を負った部分に多少の凹凸はあるものの

真ん丸いボールと化してしまっていた。

「さて、もういいでしょ?二人ともどいてどいて。

ここからはあたしの腕の見せ所ね♪」

降りてき始めていた袖を捲くり直すとプリンに手をかけた。

すでにあきらめたと言った表情を見せるプリンだが、

やはり痛みは嫌なのか軽く体を震わせていた。

「怖い?大丈夫、大丈夫。ご期待通り痛いから。」

少しも平気でないことを平気で口にする。

鮮血が溢れる頭頂部に刃を当てるとすぅっと手前に引いた。

プリンの体を回しつつ大きなリンゴを剥くように手際よく丸裸にしていく。

筋肉と皮膚の境目のあたりをしゅるしゅると刃が滑る。

筋肉がうっすらと透けて見える程度の薄さの皮を途切れることなく剥いでいく。

あれだけ豪語していただけあってさすがと言ったところだ。

あっという間に真っ赤に染まった球体の上を包丁が撫でていく様は異様な光景であった。

大きなリンゴと言うよりは熟しすぎたトマトのようだ。

一通り丸裸にしたところでくるりと私の方に向き治った。

「せんせーい。今回は聴力使う?」

「んー?今回はとりあえず目だけ残しといてくれればいいよ。

後は…殺さないように気をつけといて。」

「はーい。」

くわえ煙草で大して面白くも無い新聞を読みふける私の言葉に、

小学生に聞かせたいほどいい返事をした女生徒はプリンに向き直った。

傷薬を2.3本、適当にぶちまけながら

綺麗に爪が切りそろえられた指先をぺろりと舐めると

プリン…もとい、真っ赤なボールの頭と思しき部分にそっと両手を乗せた。

両手の中指で血だまりの中を探ると他の場所とは違う

柔らかくへこんだ場所を見つけた。

先ほどの傷薬で出血が止められ、目に染みたとはいえ、ある程度痛みを和らげられて

生かさず殺さず状態のプリンは、耳が有ったはずの部分を撫でられる痛みに身を震わせるが

それだけの動きで体中のかさぶたに亀裂が入りみちみちと湿った音を立てる。

それと同時に体の下の血だまりが広がり、激しい痛みが全身を貫く。

痛みに耐えかねびくっと体を撥ねさせたのが裏目に出て鼓膜を指先でつつかせてしまった。

「――――――!!!???」

突然響いた轟音に丸い目をさらに丸く見開くと共に三半規管に変調をきたして

口の縫い目から血と融けた肉と胃液と唾液とが混ざり合った液体が漏れる。

「もー勝手に動くから鼓膜触っちゃったじゃん!

でも、鼓膜破いちゃったらこんなもんじゃすまないよん♪」

くるくると表情を変わらせながら楽しそうに鼓膜の少し上辺りに指を伸ばす。

「えいっ♪」

可愛らしい掛け声と共に指を内耳の半ばまで差し込み即座に抜き出した。

プリンは頭の中を台風が駆け巡っているような轟音と上下左右の区別がつかない感覚とで失神してしまった。

「ふぅ…出来上がり!」

血がべったりとついた腕で額の汗を拭った所為で額を真っ赤に染めた女生徒は

くるりと後ろを振り向きピースをした。

その後ろにはただの真っ赤な球体が転がっているだけだった。

私は新聞を畳むと同じ体勢をとっていたために強張った腰を伸ばしながら

立ち上がり、球体と化したプリンの様子を近くで眺めた。

「出血がちょっとやばいかなー。死なれちゃうと困るから「先生特性調合薬」使っちゃおうか。

費用は学校持ちだし、備品の購入についてはとやかく言われないから大丈夫でしょ。」

普通の傷薬のと大して変わらないビンの蓋を開け、

無造作に手首をひねり透明な液体を赤いボールへとぶちまけた。

この薬はかければどんなに酷い出血でもぴたりと止め、体に染みこむことによって

即座に失った体液系統を補うことが出来るがものすごい激痛を伴い、

普通のポケモン用傷薬とは違い、怪我を修復したり欠損した肉体を復活させたり

と言うことは出来ない。その上材料として珍しいものを多量に使用するため

とんでもなく高価になると言う代物だった。

「――――――――!!!!!!!」

ばちゃりと液体がかかった途端に声にならない叫びを上げる。

零れ落ちそうなほど見開かれ乾燥しかけていた目からはとっくに枯れたはずの涙が溢れていた。

「そうだ。良い事思い出したよ。ちょっと待っててねー。」

準備室の方へ目的のものを取りに戻る。確かこの引き出しの中にあったはずだ。

目的のものを持つとプリンを仰向けに転がし生徒たちに押さえさせた。

「いくよー。ちょっとちくっとするけど我慢してねー。

目をちょっとでも動かしたら失明しちゃうかもしれないよー。」

無責任なことを言いながら手にした針を右目へと近づけた。

先ほどの薬による痛みをもしのぐ針先が迫ってくる恐怖に身を震わせる。

しかし先ほどの私の言葉によって、目を動かそうとはしない。

目に近づいてくるものを見つめ続けるなど非常な精神力を要していることだろう。

針の先がぼやけ、ただ黒いものが近づいてくる。

何か言っているようだが口がふさがれているため

ふぅふぅという空気が漏れる音しか聞こえない。

眼球の中に異物が挿入される感覚はどんなものだろう。

ぷつっと小さな音を立てて狭い白目の部分へと針が差し込まれた。

激痛に目を動かそうにも針が邪魔になって動かせる範囲は限られてくる。

少しでも針が皮膚に触れてしまうと眼球内をかき回されるおぞましい感触が脳内を駆け巡る。

「また前を見てくれるかなー。今度は左だよ。」

左にも同様の処置を施し、右、左、右、左と順に白目に針を刺していく。

手持ちの針が尽きる頃には黒目の周りを針が取り囲み、

剣山か針山のような様相を呈していた。

痛みに耐えかねて眼球を動かしたときに広がった穴から

硝子体が流れ出ている箇所が所々にあり、涙と入り混じって体を伝っていた。

「そろそろ抜いてあげるよ。」

針の穴に通しておいた細い糸の束をまとめて掴むと生徒たちを離れさせ、一気に引き抜いた。

一気に穴から流れ出る硝子体を止めるために涙が大量に流れ目を覆い、

回りの生徒たちが離れたために押さえがなくなり左右に身を捩じらせる。

転がりまわりたいところだろうが瞼が無いために

目を直接地面に押し付けてしまうことになってしまうので

痛みにつき動かされそうになりながらも懸命にこらえているようだ。

時計を見ると後十数分で薬の効果が現れるところだった。

「皆さーん。観察の時間ですよー。椅子を持って教卓の回りに集まってくださーい。」

プリンを空の水槽に放り込みながら声をかけるとぶつぶつ言いながらも皆満足した様子で

身支度を整えたり片づけをしたりしながら、教卓の周りに集まってきた。

普通の傷薬をばしゃばしゃとかけ、痛みにもだえさせながら時間を待った。

「一応補習って言う名前がついてるから時間つぶしがてら

それっぽいつまらない説明でもしておこうか。

さっき委員長には言ったけど今回使ったのは整腸剤として使われてた

キノホルムって言う薬品。これの副作用でスモンって言うのが起きるわけ。

別名、亜急性脊髄視神経抹消神経障害。舌噛んじゃいそうな長い名前だぁね。

そんなんはどうでもいいんだけど、今回はそのキノホルムを

当時の使用量の2倍与えてみました。確実に副作用起こすようにね。

あ、そこ寝ないでよぅ。もう始まるからねー。」

言い終わるか言い終わらないかのうちに

痛みに悶えていたプリン(だった肉塊)の様子が変わり、

腹部の辺りを中心に徐々に変化を始めた。

膨れ始めたのだ。元々丸かったのが雪だるまのように。

「すっげ…」

「妊婦さんみたい。」

生徒たちは口々に感想を漏らし始めた。

口に指を当て静かにさせると観察を続行した。

膨らんでいるのは腸の辺りのはずだ。

ぐるるぅと腹の鳴る音と共にプリンの動きが早くなる。

顔を歪めているところを見ると腹の中で何かが暴れているような

感覚を味わっているようだ。

腹を押さえようにも手がなければ押さえられない。

転がるとむき出しの筋肉に直接刺激が与えられて

皮膚をびりびりと剥がされているような痛みが走る。

内側からも外側からも与えられる激痛に耐えかねて

さらにごろごろと転がる。

そんなことをすれば体の表面の傷は開き、

腹部が圧迫されて腸もさらに痛むだけだというのに。

「―――――!!!」

プリンは突然びくびくっと痙攣したかと思うと

液体と固体が混ざり合った便を排出した。

排出しきると言うことはなく肛門周辺の筋肉がだらしなく

緩んだような状態になってしまっている。

はらわたを引きずり出されるような感覚は

想像できないほどの激痛を伴う。

その激痛にますます勢いよく転がる。

転がるのにも筋肉を動かすために見ているこちらからは筋肉の動きや、

無理に動かしたために血や膏がぐじゅり…にちゃり…と染み出す様子が

こちらからはよく観察できる。

体から流れる血や膏、涙や鼻水、はたまた排泄物が

水槽の底にすでに3cm程も溜まってしまっていて、

その中を転がるためにどろどろの混合液になり、

それが体中の筋肉や眼球という刺激に敏感な場所へと

染みこみ、塗り込められる嫌悪感と痛みに

さらに転がるという悪循環に完全に陥ってしまっていた。

しかし、徐々にではあるが体の下の方の筋肉の動きが緩慢になりつつある。

それはじわじわと体を上へ上へと伝っていき、

とうとうこちらを向いたままプリンは完全に転がるのをやめた。

プリンの体中には電気が流れたような痺れや痛みが流れているためだ。

それは電磁波をくらったときの反応に似ていて

ポケモンバトルをよく行なっている生徒たちには馴染みの光景ではあったが、

その反応をしているのが肉塊と言うのは

当たり前だが初めて見るようでぞくりと背筋を走るものがあった。

もっともそれが恐怖による震えではないのは彼らの表情を見れば明白であったが。

皆プリンの方を見つめ、その眼は普段からは想像もつかない程の

怪しい光を一様に宿し、狂気に満ちた微笑を湛えた表情で微動だにしないのだ。

行なっていることは別にしてもこの場を見た者はこの表情を見るだけで

言いようのない恐怖に襲われ、腰を抜かすであろうと確信できた。

プリンに眼を戻すとぴくりぴくりと時たま震える以外は動きを見せない。

その動きすらも勝手に動いてしまっているだけという状態だ。

こちらを向いて微動だにしないと自然と目に入ってくるのは

醜く汚れた赤黒い肉の中で碧く輝く眼。

涙で洗われ、汚れていない眼はこちらに許しを請うような思いを湛えていたが、

徐々に光が濁っていった。ただでさえ瞬きが出来ず、

白目にとはいえ眼球に針を刺されたために視力は格段に落ちてしまっている。

でも、今まではこちらに人がいることを確信し、ぼやけた像を結んでいた。

あくまで、今までは、だ。

徐々にピントが合わず、黒目が右と左で別々の動きをしている。

眼にペンライトを当ててみると黒目の収縮は起こったものの、

反応は鈍く、何度か行なうととうとう反応はなくなってしまった。

今まで便に紛れて気づかなかったが、

痛みのために撒き散らされていた尿が

ちょろちょろと垂れ流し状態になっていることに気がついた。

汗腺は皮膚と共に剥ぎ取ってしまったため分からないが、

ちゃんと皮膚があったなら暖房がついているといっても

大して暑くもないのに汗がだらだらと流れる様子が見られたことだろう。

それも痛みのための脂汗ではなく、純粋な汗が。

水分をもう取らせていないため体の表面が乾燥しつつある。

汚水に浸かっている部分がふやけたようになっているが

そこからの給水は行なうことが出来ない状態に成り果てている。

失明し、耳も聞こえず、徐々に干からびていく肉塊の筋肉がゆるりと弛緩する。

とうとう苦しかった時間が終わり、幸せな死が訪れたのだ。

死に顔は到底平和な表情とは言い難かったが。

今までぴんと張り詰め、異様な熱気に包まれていた空気がふうっとかき消えた。

皆額に滲んだ汗を拭い、ふーっと長い息を吐くと普段と同じ表情を浮かべた。

「さて、約束通り皆に卒業祝いをあげなきゃね。」

そう言いつつ大きな段ボール箱を運んでくる。

気体に満ちた視線を受けつつ蓋を開けると

中にはぎっしりとモンスターボールが詰まっている。

「ちゃんと全員分あるから好きなのを持っていって。

もちろん「何をしても」構わないよ。何か必要なものがあったら

場所でも道具でも何でも貸すよ。これが住所と連絡先。」

住所と携帯電話の番号を書いた紙をモンスターボールと共に渡す。

「ちゃんと全員分行き渡ったかな?じゃあ、皆。『またね』。」

含みを込めた言葉を投げかけると委員長が号令をかける。

「起立、礼。」

「「「ありがとうございました。」」」

皆を送り出すと、がらんとした教室を振り返る。

外はもう真っ暗で一息吐くと後始末を始めることにした。

特注品の業務用ミキサー(これは私の私物)に詰め込み、

しっかりと蓋をするとスイッチを入れた。

ぎゅいいいいいいいぃぃぃぃぃがりがりがり…という耳障りな音を立て

高速で回転する刃がプリンの肉も骨も切り裂き、掻き混ぜ、

歪ではあるが丸い形を保っていた肉塊をぐちゃぐちゃにしていく。

丁度良い挽肉になったところで取り出し、大きめのタッパーに入れておく。

手早く人気の無い真っ暗な校舎の中を自分の足音の反響を聞きながら

のんびり散歩がてら見てまわる。

この見回りが苦手な教師も多いが幽霊などいようものなら

真っ先にポケモンの怨霊に取り殺される自信がある私としては

絶対に幽霊などいないと確信できるためどうでも良い。

教師用玄関の鍵をしっかりと掛け、運んできたミキサーとタッパーを愛車に放り込む。

家でハンバーグにするためだ。

もちろん私が食べるわけではない。後日、同僚たちに「おすそ分け」する。

私が作る料理は好評で前回のピッピの唐揚げも美味しくいただいてもらえた。

独身の男性教師などは持ち帰っているものもいたほどだ。

材料は教えず、皆鈍感なため決してばれることはない。

煙草を燻らせつつ、今回と“次”の「献立」を考えながらも

食材を買うため、「食材」を捕るため、愛車を走らせた。