プリンに眼を戻すとぴくりぴくりと時たま震える以外は動きを見せない。
その動きすらも勝手に動いてしまっているだけという状態だ。
こちらを向いて微動だにしないと自然と目に入ってくるのは
醜く汚れた赤黒い肉の中で碧く輝く眼。
涙で洗われ、汚れていない眼はこちらに許しを請うような思いを湛えていたが、
徐々に光が濁っていった。ただでさえ瞬きが出来ず、
白目にとはいえ眼球に針を刺されたために視力は格段に落ちてしまっている。
でも、今まではこちらに人がいることを確信し、ぼやけた像を結んでいた。
あくまで、今までは、だ。
徐々にピントが合わず、黒目が右と左で別々の動きをしている。
眼にペンライトを当ててみると黒目の収縮は起こったものの、
反応は鈍く、何度か行なうととうとう反応はなくなってしまった。
今まで便に紛れて気づかなかったが、
痛みのために撒き散らされていた尿が
ちょろちょろと垂れ流し状態になっていることに気がついた。
汗腺は皮膚と共に剥ぎ取ってしまったため分からないが、
ちゃんと皮膚があったなら暖房がついているといっても
大して暑くもないのに汗がだらだらと流れる様子が見られたことだろう。
それも痛みのための脂汗ではなく、純粋な汗が。
水分をもう取らせていないため体の表面が乾燥しつつある。
汚水に浸かっている部分がふやけたようになっているが
そこからの給水は行なうことが出来ない状態に成り果てている。
失明し、耳も聞こえず、徐々に干からびていく肉塊の筋肉がゆるりと弛緩する。
とうとう苦しかった時間が終わり、幸せな死が訪れたのだ。
死に顔は到底平和な表情とは言い難かったが。
今までぴんと張り詰め、異様な熱気に包まれていた空気がふうっとかき消えた。
皆額に滲んだ汗を拭い、ふーっと長い息を吐くと普段と同じ表情を浮かべた。
「さて、約束通り皆に卒業祝いをあげなきゃね。」
そう言いつつ大きな段ボール箱を運んでくる。
気体に満ちた視線を受けつつ蓋を開けると
中にはぎっしりとモンスターボールが詰まっている。
「ちゃんと全員分あるから好きなのを持っていって。
もちろん「何をしても」構わないよ。何か必要なものがあったら
場所でも道具でも何でも貸すよ。これが住所と連絡先。」
住所と携帯電話の番号を書いた紙をモンスターボールと共に渡す。
「ちゃんと全員分行き渡ったかな?じゃあ、皆。『またね』。」
含みを込めた言葉を投げかけると委員長が号令をかける。
「起立、礼。」
「「「ありがとうございました。」」」
皆を送り出すと、がらんとした教室を振り返る。
外はもう真っ暗で一息吐くと後始末を始めることにした。
特注品の業務用ミキサー(これは私の私物)に詰め込み、
しっかりと蓋をするとスイッチを入れた。
ぎゅいいいいいいいぃぃぃぃぃがりがりがり…という耳障りな音を立て
高速で回転する刃がプリンの肉も骨も切り裂き、掻き混ぜ、
歪ではあるが丸い形を保っていた肉塊をぐちゃぐちゃにしていく。
丁度良い挽肉になったところで取り出し、大きめのタッパーに入れておく。
手早く人気の無い真っ暗な校舎の中を自分の足音の反響を聞きながら
のんびり散歩がてら見てまわる。
この見回りが苦手な教師も多いが幽霊などいようものなら
真っ先にポケモンの怨霊に取り殺される自信がある私としては
絶対に幽霊などいないと確信できるためどうでも良い。
教師用玄関の鍵をしっかりと掛け、運んできたミキサーとタッパーを愛車に放り込む。
家でハンバーグにするためだ。
もちろん私が食べるわけではない。後日、同僚たちに「おすそ分け」する。
私が作る料理は好評で前回のピッピの唐揚げも美味しくいただいてもらえた。
独身の男性教師などは持ち帰っているものもいたほどだ。
材料は教えず、皆鈍感なため決してばれることはない。
煙草を燻らせつつ、今回と“次”の「献立」を考えながらも
食材を買うため、「食材」を捕るため、愛車を走らせた。