まず、健康なピチューを用意した。今は麻酔で眠っているがその内目覚めるだろう。
…これから自分の身に何が起こるか知らないというのは幸せなことだろうね。
今回の主役が眠っている間に今回使用する薬品を紹介しよう。
原子番号81、元素記号Tl―――タリウムだ。
タリウムは食べ物に混ぜると気づかない。
これは70年ほど前北欧で実際に起こった連続殺人事件を例に上げればお分かりいただけるだろう。
…ん?主役が起床されたようだ。手早くポロックに微量のタリウムを混ぜる。
与えるとよほど腹が減っていたのだろう。疑いもせずニコニコしながら食べている。
その幸せそうな笑顔を見ていると思わず殴りつけてしまいそうになるが、
そこは我慢し、笑顔を顔面に張り付けた。
ピチューはちょっとビクッとしたのでおそらく引きつっていたのだろう。
私は三度三度きっちりとピチューにタリウム入りの食事を運んでいった。
極々微量にしないと鼠殺し用の団子に使われていたほどなので死んでしまう。
しかし、微量のため中々効果が現れないのが残念といった所か。
三日ほど経つとあちらこちらに抜け毛が目立つようになってきた。
鏡は見せていないが隠し通せないほどになる前に夏毛に生え変わると説明しておいた。
分かっているのかいないのかふむふむと頷いていて思わず知ったかぶりはやめろと怒鳴りそうになった。
私もまだまだのようだ。(脱毛)
ポロックを残すことが多くなり、来た時よりもだいぶ細くなってきたようだ。
首などは後ろからきゅぅとしてやりたいくらいだ。(食欲減退)
指先や尻尾の先などの末端部には痺れがあるようでさする行為が目立つようになってきた。
不思議そうな顔をされたので動かないからだと散歩に連れ出してやるとはしゃぎまわっていた。
久しぶりに外に出られた楽しさで痺れは気にならなくなったようだ。
今すぐ息の根を止めたいが後の楽…実験の結果に差支えが出るのでやめておいた。(多発性神経炎)
目が霞むようになったようなので、目薬を差してやる。
差すときは怖がっていたが私を信頼しているらしく目を見開いていた。
…指を差し込みたくなる衝動を抑えた私の理性は賞賛に値すると考える。(視神経障害)
尿を採取し調べてみると通常の五倍程のタリウムがピチューの体を蝕んでいるようだ。
甲斐甲斐しい世話のためか、私のことは疑っていないようだ。その素直さは褒めてやるが、最終的には…
一週間ほど経つとほとんどの毛が抜け落ちてしまい
残っている毛など数えるほどしかなくなってしまっていた。
夏はさぞかし涼しいことだろう。ポロックは食べなくなってしまった。
あばらがくっきり見えるようになり、透かせば向こう側が見えるようになるのでは
と思うほど痩せ細ってしまった。まるで骸骨が皮を着ているようだ。(体重減少)
散歩に連れ出しても弱弱しく這うのみで以前のように跳ね回ることは出来なくなった。
体の痺れは全身に回ったようで時折動かなくなる。
マッサージをしてやっても感覚が無くなってしまったようでボーっとしていた。
…首のマッサージをしようとしたところで足音がしたので中断せざるをえなかった。
見つかったところで大したお咎めも無いが気分の問題だ。(運動障害)
目は見えなくなってしまったようで体の麻痺も伴ってそこら中に頭をぶつけて回っている。(失明)
尿からは通常の十数倍ものタリウムが検出された。そろそろ潮時であろう。
もうすでに私を信頼しているとは言えないだろう。最も自我が残っていればの話だが。
その夜、ピチューは全身を痙攣させて死んでしまった。
その顔に残った苦悶の表情はなんとも言えないものがあった。
これを見るためにこの仕事を続けているといっても過言ではないだろう。
死体やゲージは記録とともに上司に渡した。これで今回の私の仕事は終わりだ。
次の実験体はいったいどのような最期を遂げてくれるのだろうか?