病院に併設された標準よりは明らかに大きめの自宅に帰ると

自室のベッドの上に寝転がり無断で持ち出したビンをしげしげと眺めた。

広口のビンで普通のビンより横長で縦と横の長さはほぼ一致しており、

口はしっかりと閉じられ、厳重に止めてある。

そのテープにもビンの蓋にも側面にも赤字に黒の髑髏マークが書いてあり、

その下には『危険!開封厳禁!』と書かれていた。

ビンの底から三分の一ほどのところまでは

動物の血によって少し赤めに染まった寒天が敷いてあり、

寒天の上には黒い染みのようなコロニーが作られていた。

「持ってきちゃったけどこれ何だろう?骸骨さんが書いてあるし開けたら大変だよね?」

大変も何も中に入っているのは炭疽菌だ。

炭疽菌の感染経路は三つある。吸入、傷口からの侵入、汚染された飲食物の摂取だ。

培養しやすく感染力も高いためテロに用いられることが多い。

人間では潜伏期間があるがポケモンではほとんど皆無なことが判明している。

…こんなのを子供が知っていたら大人どん引きだな。

好奇心には勝てないが怖い。そんなところだろう。

「でも、開けてみたいし…そうだ!」

こうきしんは きょうふに しょうりした!

何を思ったか机の中やら棚の中をごそごそと探っている。

数分して顔を上げるとその手にはモンスターボールが握られていた。

「言う事聞かないしお部屋はめちゃくちゃにするし…

パパ達には逃がしたって言っておいたけど

後で仕返しをしようと思ってとっておいたんだよね。」

えへへと笑いながらそんな物騒なことを言い出す。

「でもここだと危ないかもしれないし…あそこなら平気かな?」

綾音の言うあそことは大型ポケモン専用の古い手術室だった。

一室と言っても大きな手術室が一室とポケモンが目覚め暴れだしたときのため、

危険回避用及び見学者が手術の様子を見るための別室がある。

別室には様子見用の大きな防弾ガラスが張ってあり、

緊急時には脱出できるよう反対側に扉がある。

一番奥にあるそこは、もう使われることは無く取り壊しが決まっていた。

設備も運び出され準備は万端。着工は一週間後。

そんなところに人が来るはずも無い。そんなのが三室も並んでいる。

特に一番奥はほとんど隔離されている状態で叫んでも喚いても声など届かない。

綾音がわがままを言ったときには脅し文句として

「手術室に入れちゃうぞ〜怖いポケモンのお化けが出るぞ〜」

と言われ続けていた。(最終的にわがままは通ってしまっているので効果は無かったが。)

ビンとモンスターボールを可愛らしいポシェットに詰め込むと病院に戻った。

手術室が集まっているのは一番奥。

走っていく最中、年配看護師に「廊下は走っちゃいけませんよ!」

と言われるが今の綾音の耳には右から左に通り過ぎてゆく単なる雑音だ。

…普段も似たようなものだが…