ふと掻く手の動きが緩慢になる。

顔は赤くなり、目はとろんとし、時折眉間に皺が寄る。

「みゅうぅぅ…みゅぅっ」

額を掻いていた手はいつしか頭を抱えるようになっていた。

「みゅうぅ…ぅえぇぇっぇっ」

目に涙を浮かべながらこみ上げるものを押さえもせず垂れ流す。

嘔吐物の中には先ほど口にした寒天も混じっていた。

「うえぇっ!ごふっけほっ」

寒天とは違う赤やピンクのものが混じった胃液を吐き出す。

赤は内臓からの出血。ピンクは喉の奥の皮膚が爛れ剥がれ落ちたものだ。

喉は腫れあがりぽこっと膨らんでいる。

浮かび上がろうと体を動かすが、

「みゅうっ!?」

激しい筋肉痛と腹痛によって尻餅をつく結果となった。

腹を押さえ、えづくが血と胃液と唾液が混ざったものしか出ては来ない。

足はすでに壊疽を起こしかけ、額の傷の周りは潰瘍が出来ている。

目はうつろで気にしている風もなく、手足は小刻みに震えている。

「…まずいかも。」

綾音はようやく危険性に気づき、慌てて父親を呼びに走る。

綾音のことなどとうに目に入らなくなっているミュウは

いきなり目を見開いたかと思うと白目をむき、涎を垂らしはじめた。

「み゛っ!かはっ!ぁ゛っ」

舌をだらりと垂らし頭を小刻みに震わす。

顔色は見る見るうちにピンクから白、青と変貌を遂げていく。

今までもふらふらしていたが遂に後向けに倒れ、深い眠りについた。

ばんっと大きな音がして別室の扉が開かれた。

そこには防護服を着込んだ綾音とその父が立っていた。

頼りなくはあっても医者は医者。

すぐにミュウに駆け寄ると抗生物質の入った注射を打つ。

脈を確認するとかすかながらあり、

酸素マスクをつけさせ集中治療室へと運び込む。

意識は戻らないが抗生物質が効いたのだろう。

とりあえずは安定している。

後は10%弱しかない可能性に賭けるのみだった。

父親は集中治療室から出ると普段のへらへらした様子からは

想像もつかないような厳しい表情で綾音に話しかけた。

「…入っちゃいけないって言った所に入ったね?」

「…あぅ…ごめんなさい…」

「あのミュウを見てこう思ったよ。綾音じゃなくて良かったって。

でも、一歩間違えば綾音もああなっていたんだ。もう入ってはいけないよ。」

優しい口調が胸に染みる。強く叱られた方が楽と思えるほどに。

「…怒らないの?」

恐る恐る不思議そうに顔を上げる綾音の頭を優しく撫で、

少しの間の後、ゆっくり口を開いた。

「…パパも昔、ポケモンを苦しませたことがあったんだ。

パパの場合はポチエナ―――ポチだったよ。

ポチとパパはとても仲の良いパートナーだった。

でも、一度だけライバルだった奴に負けたんだ。

スパルタで育て上げたあいつのポケモンとのレベル差はかなりあって

バトル自体にさして興味のなかった当時のパパが負けるのも当然だった。

でも、ずっと信じてきたポチに裏切られた気がしたんだ。

傷だらけのポチをポケモンセンターに連れて行って

治療を待っている間ずっとライバルの高笑いが耳から離れなかった。

戻ってきたポチの笑顔で無邪気に尻尾を振る姿を見て

頭にかっと血が上って何も考えられなくなった。

ポチを乱暴に抱えあげて自分の部屋に駆け戻ったんだ…」

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