「何で!何で負けたんだよっ!」

「きゃうっ」

優一はヒステリックに叫びながらポチエナを床に叩きつけた。

「きゅぅん」

尻尾と耳をねかせ、すまなそうにするポチエナを見ても怒りは増すばかりだった。

「何で!何でだよ!何であいつなんかに負けたんだよ!」

手近にあったものを投げつけているうちにキャップの外れたボールペンが

ポチエナの頬を掠めて血が流れ出した。

その血を見るとふぅっと黒いものが胸にこみ上げてきた。

「…そうだ、負けるような悪い子には当然お仕置きをしなきゃだよね。」

聴きなれない言葉に首をかしげ不安そうに見上げるポチエナ。

そんなポチエナにボールをかざして戻してから、

いくつか電話をすると、地下倉庫への階段を下りていった。

一応作ったのは良いが、要らないものは捨ててしまうため

ほとんど物のないがらんとした倉庫の中心でボールを投げた。

現れたポチエナは来たことのない場所と見たことのない主人の様子に

完全に怯えきっており、小さく震えていた。

「今日はお父様もお母様も仕事で夜中まで帰っていらっしゃらない。

幸恵さんと美里さん(お手伝いさん)には休むよう連絡した。

どんなに喚いてもかまわないぞ。」

皮肉な微笑を浮かべながら発された言葉に、愕然とした表情を見せながらも

哀願するような瞳を主人に向けるポチエナを見て優一の良心はちくりと痛んだ。

しかし、そんなものを感じたのは一瞬のことで、

小さな痛みはあっという間に黒いものの奥深くへと沈んでいった。

「…そうだ。今日は僕の勉強の手伝いをしてもらうよ。

いい子で大人しく待っているんだよ。」

「…きゅぅ…?」

いきなり階段を上がっていく主人に戸惑いながら、

恐怖が去ったポチエナはまだ不安な面持ちながらも安堵のため息をついていた。

自分の戦い方を反省しながらぼんやり待っていると、

優一が大きな鞄を引きずるようにしながら下りてきた。

ポチエナが慌てて駆け寄り心配そうにしても、

そんなことには目もくれずに、何かの準備を始めた。

「ポチ…ちょっと来て。」

先ほどとは打って変わって笑顔で手招きをする優一に

再び不安がこみ上げて動かない足を心の中で叱りつけながら

ポチエナはゆっくりと主人に近づいていく…

不意にがしっと首を押さえられ、思わずもがいてしまうが、

優一の舌打ちに耳をびくっとさせて、大人しくなった。

「ちくっとするけど我慢するんだよ。」

ポチエナがその言葉を理解するより先に、いきなり背中の辺りに鋭い痛みが走り、

情けない悲鳴を上げてしまうが、どうにか暴れようとする身体を抑えた。

「………はい、終わったよ。あ、そうだ。説明してなかったよね。

今注射したのは筋肉の動きを阻害する薬。

もちろん心臓とかには聞かないように調節してあるよ。

それで、今日はポケ医学の勉強をしようと思うんだ。

僕がお父様みたいな立派なポケモンのお医者さんを目指してるのは知ってるよね?

だから、勉強のためにも…アイツに勝つためにも、

ポチの弱いところを中から探してみようと思うんだ。」

そう言いながら鞄の中からメスや鉗子等を取り出して並べていく。

「ポチには解剖実習の実験台になってもらうよ。

もちろんお仕置きなんだから、麻酔は使わない。いいよね?

…まぁ、駄目って言っても無駄だけど。」

言葉の途中から笑顔が徐々に消え、無表情になっていく。

ポチエナはその様子を、自由が利かなくなっていく手足を

必死で動かそうとしながら涙目で見上げる。

優一は黙って見下ろしながら不意に微笑み声をかけた。

「そんなに震えないで。ただのお手伝いなんだから。

…死なないように頑張るから。ね?」

ポチエナは笑顔の中で唯一笑っていない目を見つめながら

自分の意思では動かす事の出来ない四肢を震わせ、

縺れる舌で必死に声を絞り出そうとしていた。

「そろそろ薬が効いてきたかな?その薬便利だろ?

身体の自由は奪うのに感覚はそのままなんだ。

どこの製薬会社が開発したのか知らないけど、

こんな事にしか使えそうにないよね。

…さてと、精一杯有効活用させてもらおうかな。」