町からの帰り道、木漏れ日の差し込む歩きなれた獣道を歩いていく。

娘は店主に渡された防水された布袋を振り回しながら進む。

その後ろを歩きながら、私は足を止めた。娘が振り返り、不思議そうに首を傾げる。

何か聞こえたのだ。娘に先に帰るよう合図をすると、音のした方へ進んで行く。

少し進むと少し開けた場所に出た。泉のほとりで、天然の広場のようになっている。

目を凝らすと、対岸に三つの影があった。

気づかれないよう回り込み、木の陰から見ると、

チリーンとリーシャンの親子と群れからはぐれたらしいデルビルだった。

デルビルが目に入った瞬間、ザワッと血が騒ぐのが分かったが、

どうにか落ち着かせて、冷静によく観察する。

 

どうやら、親子とデルビルは睨み合っている様で、まだ戦いが始まる前だった。

とはいえ一触即発の状態で、歯をむき出したデルビルと余裕を感じさせる親子が対峙していた。

まず、親子が仕掛ける。リーシャンは「さわぐ」を、チリーンは「どくどく」を浴びせかける。

「さわぐ」で周りの空気が細かく震え、超音波でデルビルの皮膚が薄く切り裂かれる。

さらに浴びせかけられる毒に混乱して口に入ってしまったものを飲み込んでしまい、

皮膚に付着したものはじわじわと染みこんでいく。

慌てて泉に飛び込むが、すでに遅い。

体内に取り込まれた毒はじわじわと効果を現してきた。

うっすらとニンニク臭が漂ってきたので有機リン製剤の様な物が溶けていると考えられる。

その想像は当ったようだ。しばらく観察を続けてみよう。

 

計測器が無いのではっきりとは分からないが、

呼吸の荒さや時折胸の辺りを庇う様な仕草からすると

脈が速くなり、心臓に多大な負荷がかかるほどの勢いで血を送り出しているようだ。(頻脈、血圧上昇)

無理やり、体に鞭打って「いかる」を繰り返すが、

さすが親子、チリーンの「まもる」やリーシャンの「リフレクター」が

絶妙なタイミングで繰り出され、突撃してくるデルビルの体は

見えない壁に阻まれ、それを潜り抜けても大したダメージの無い部位にかするのみだ。

必死の形相で襲い来るデルビルも、

微笑みながら余裕の表情であしらうチリーンと、

楽しそうに遊んでいるかのようなリーシャンの前では

親子だけのために道化師の様に踊らされているかのようだ。

瞳は眩しいものでも見たかのように窄まり、

瞬きを繰り返しながら「いかる」をし続けるが、命中率は格段に下がっている。

それをチリーンは楽しそうに見ているだけで、自分からは攻撃をしようとはせず、

リーシャンははしゃいでいるのか「さわぐ」をし続けているのみだ。(瞳孔収縮)

「さわぐ」でさらに傷つけられ、体中を裂傷だらけにしながらも、攻撃をやめる気配はない。

不思議と出血量はそれほどでもないが

(おそらくデルビルの自己治癒力と親子の出す音波が出血を止めているのだろう)

深い傷では骨に達しているものもあるのか、

ちらちらと毛皮や筋肉の隙間から白いものが見えるときもある。

それでも向かってゆくが、親子とはまったく違う方向に飛び掛り始めた。

親子は動いていないのだが、デルビルの目はふらふらと焦点が合わないのか、

親子の周りを彷徨っている。(重視)

すでに笑いながら傍観を始めた親子の方向を憎たらしげに見つめながら

目の霞を振り払うためか頭を振った途端、何かが突き刺さったかのように転げ、

苦しそうな唸り声を上げ始めた。頭を前足で抱え込み、

目や口をいっぱいに開き、襲い来る激痛に耐えようとする。(頭痛)

さらに、私の所まで聞こえるほどの大きな腹のなる音が聞こえた。

新たに生じた激しい痛みに、横たわり体を丸めて転げだす。

体中の傷が塞がりかけていたところも開き、地面を血まみれにしながら

ごろごろと転がり続けていた。(腹痛)

転がったことによる三半規管の狂いも手伝って、

ぴくりと動きを止めた途端に体を痙攣させながら胃の中身を吐き出す。

すでに血と土で汚れている毛皮に吐瀉物まで纏わり付かせて、

苦しさと頭と腹の両方から来る激痛を紛らわせるために

先ほどよりは弱々しくなったが、転げまわっている。(嘔吐)

腹の音が先ほどよりも大きくなったかと思うと、

今度は水分が吸収される前のぐずぐずの糞便を撒き散らし始めた。

堪え切れず、溢れ出した涙も手伝って、

地面も毛皮も茶色や褐色などでカラフルに塗装されているかのようだ。

親子はデルビルの一挙一動が面白くて仕方がないのか、

苦痛に悶える度にころころと笑っている。(下痢)

もう、出るものも無くなったのか、体中どろどろにしながら

ほとんど放心状態のデルビルの体がぴくりと動く。

それは徐々に広がり、全身に回ったときにはぶるぶると

震えているような状態になっていた。(痙攣)

閉じることもままならなかった口からは舌はだらりと垂れ、唾液がだらだらと流れ出す中、

はっはっと浅い呼吸を繰り返し、腹部が痙攣とは違う動きで小さく上下することで

かろうじて生きていることを伝えていたが、

それが不規則になり、溺れているような呼吸状態になる。

咳き込みながら、必死で空気を吸い込む顔からは、

痙攣により顔の筋肉が動くため、感情は読み取れないが、

目からは許してくれと懇願の色が見て取れる。(呼吸困難)

とうとう、痙攣も呼吸も収まりつつある頃には、

ゆっくりと目蓋が閉じられた。

親子がすーっと近寄り、汚れていない部分を掴んで脈を確かめるが、

にやりと笑う表情からするとどうやら死んではいないようだ。(昏睡)

二匹の力でデルビルの体はふわりと浮き上がり泉に向かって進んで行く。

中ほどの一番深い辺りでデルビルの体を取り巻いていた青い光が消え去り、

どぼんと水飛沫を立てて沈んでいってしまった。

 

一部始終を見終えた私は研究員になって初めて、

あの親子を研究材料ではなく、純粋に欲しいと思った。

がさっと言う音を立てて草むらから出て行くと

びっくりして逃げ出そうとする親子に声をかける…

 

研究所に着いた私の後ろにはあの親子がぴったりと付き従っていた。

逃げようとする親子に害を及ぼさないと約束し、

私の今行っている研究の内容と、今までのことを観察していたことを伝えて

(さすがに怯えた表情を見せたが、約束のおかげで逃げないでいてくれた。)

協力を願いたい旨を伝えると喜んで来てくれたのだ。

 

家に帰ると娘はびっくりしたようだが、簡単に事情を説明して、

リーシャンを連れて行くよう言った。

道中に、親子の使える技などを見せてもらったところ、

チリーンは私、リーシャンは娘と共に研究を行うのが良いという結果になったのだ。

そのことを親子に伝えると最初は離れ離れになるのを嫌がったが、

いつでも会えることを知ると、経験を積むためにも離れることを快諾した。

名前も本人たちの希望で、チリーンは風鈴、リーシャンは鈴とつけた。

 

すでに仲良くなって一緒に遊んでいる互いの子供をみて、

顔を見合わせる私と風鈴だが、その顔を見て目を擦った。

何故か妻の顔が重なって見えたのだ。

私が欲しいと思ったのはそのこともあったからかもしれない。

二体の情報