『額には血管が多いし流れてる血の量も多いから
そんなに傷は深くないよ。痛みも少ないはずなんだけど…
あ、もしかしてびっくりしたのかな?でも…変なの。
早く出血を止めたいなら傷薬を使えば良いのに。』
笑い混じりの娘の言葉にぴくっと反応し、
すぐさま近くに転がっていた傷薬を頭からびしゃびしゃと被る。
「ぱちゃああぁ!!??」
先程より大きな声が響き床の上をごろごろとのたうちまわる。
見開かれた目にも薬液が入ったのか眼を押さえ込み、
指の間からは充血した眼と流れる涙が見え隠れしている。
スピーカーからは娘の笑い声が聞こえていた。
パチリスは体中を真っ赤に染めているがどうやら血ではなさそうだ。
その証拠に額の傷はじわじわと塞がり始めていた。驚くべきスピードだ。
『ごめんごめん。言い忘れてたけどその容器の中には
タバスコや塩やマスタードの混合物を傷口に塗ったときの
数十倍の痛みを与えるお薬が入ってるの。
でも、効き目は抜群なんだよ。あっという間に治っちゃうの。』
笑いすぎて呼吸が荒い娘の声が聞こえているのかいないのか
額を押さえてうつぶせに倒れひくひくとしていた。
痙攣しているパチリスには無常な言葉が降り注いだ。
『ずっとそうしてても良いけど早くしないと
次のが爆発しちゃうよ?場所は教えないけどね~。』
がばっと跳ね起きたパチリスの顔は恐怖で歪んでいるが
眼は狂気を湛え、刃物の上に視線を彷徨わせていた。
一番近くに落ちている果物ナイフを掴み、レントゲン写真を引き寄せる。
焦りと不安からかその手はふるふると小さく震えていた。
『ヒント無しだと厳しいからヒントを出すよ〜。
えっとね、一気に死んじゃうとつまんないから、
命に別状の無さそうなところからだよ。
あ、ヒントじゃなくなっちゃったかな?ま、いっか。頑張ってね〜。』
緊張感をまったく感じさせない娘の声が
必死の形相でレントゲン写真に視線を這わせ、
脂汗をだらだら流すパチリスの頭の上をなでていく。
「ぱち…ぱちぃ…」
ようやく決心がついたのか小さな両手でナイフを握ると
尻尾を体の前へと移動させた。
以前は白地に青の毛色が映え、艶のあった尻尾が
痛々しい縫い目を見せ、所々ぼこぼこと盛り上がっている。
先ほどかかった薬によってまだらに染まり、
恐怖によるストレスで毛艶は格段に落ちている。
「ぱぁち……ぱちぃ!ぱちぱち!」
そんな尻尾を眺めながら涙を浮かべかけたパチリスだが
ふとそんなことを思っている場合じゃないと気づき、
自分の顔をぺしぺしと叩いた。
しっかりとナイフを握り締めるとレントゲン写真と見比べながら
尻尾の先目掛けて一気にナイフを振り下ろした。