なかなかしぶとい奴を相手にしていた所為でずいぶん遅くなってしまった。

娘の寝顔でも見てから寝ることにしよう。

――――よく寝ているな。ん?何だこれは?

いつも娘が持ち歩いているポシェットが開きっぱなしで何か飛び出している。

拾い上げるとピンク色のメモ帳の表紙に大きく丸めの文字で『日記』と書いてあった。

軽くぱらぱらとめくるとメモのような記録のようなものが書いてあるようだ。

折角なので今日の日付を見てみよう。

×月○日(△曜日)

今日はすっごく素敵な日なの。何故って私に専用の研究室が貰える日なんだもの。

パパの研究室と同じだけどまだ何にも置いてない。

息を吸っても、私にとってはパパの匂いでもある独特の薬の匂いもしない。

これから私の部屋にしていけると思うと嬉しくって堪らないの!

実際に実験をする場所も背中がぞわぞわして心地良い血の匂いも

床や壁に滲みこんで落ちなくなる血痕もない。

汚しちゃうのは勿体ないけどすぐパパの所と同じか、

もっと酷くなるんだからそんなこと言ってられないよね。

ここは耐久実験棟で、私はようやく研修をあけたばっかりの新人研究員なんだから。

  

ポケモン飼育場で丁度良い子を探してたらパパに会った。

正式な研究員になった証の体の大きさに合った白衣を似合うと言って微笑んでくれた。

パパが喜んでくれると私も嬉しい。これから頑張らなくっちゃ。

パパはもう目当てのポケモンを見つけたみたいでおっきなワゴンに

上から布をかけたかごが置いてあった。

今度は何を使うのか聞きたかったけど、後のお楽しみだよって釘を刺されちゃった。

パパと別れてちょっと歩くと眼が覚めたばかりのパチリスと目があった。

パチリスの寝起きのぼんやりした眼を見て良い事思いついちゃった。

急いでそのパチリスをかごの中に入れて起きたてにいきなり動かされて

驚いているパチリスの顔を横目で見ながら急いで戻った。

あんまり走って疲れちゃったよ。

 

研究室に戻ってとりあえずパチリスに麻酔薬を嗅がせる。

クロロホルムを軽く染みこませた布で鼻と口をふさぐの。

びっくりしたパチリスはちっちゃな目をまん丸に見開いて

むーむー言いながらちょっと暴れたけどすぐに静かになった。

がっくり首を落として静かな寝息を立ててるパチリスを

抱えて手術台まで運んだ。結構重たくてちょっと疲れちゃった。

手術台の上に乗せて麻酔用のマスクをかぶせて手術開始!

オペを始めますって一回やってみたかったんだよね。

 

いつもきょろきょろ動いている小さな可愛い目。

瞼を持ち上げて黒目がちな瞳を傷つけないように

指で押さえながら眼球と眼窩の間にそっと隙間を開けておく。
  

音のするほうにぴこぴこ動く可愛らしい耳。

鼓膜の手前までは見えるように穴を広げておく。

あ、ちょっと広げすぎちゃったかな?

はじっこが裂けちゃって血が垂れてきちゃった。

耳の中、鼓膜の方に流れていくけど

それ以上先にいっちゃうと困るからガーゼを置いて吸い取らせておいた。

 

良い香りがするとひくひく動くちっちゃな鼻。

とりあえず一度はずしておこうっと。後で付けるからね。

黒いぽちっとした鼻の上の辺りに刃を入れる。

丸いお豆が付いているみたいな感じだけど

意外と丈夫で切れ込みを入れて引っ張った程度じゃ取れないね。

刃をぐっと入れると肉を断ち切る感触の後、

こつんと硬いものにぶつかった。

下と左右からも切れ込みを入れてぐりっと捻るとぶちっと取れた。

後で付け直さなくちゃなのにちょっと大変かもしれないな。

 

唯一黄色く染まっているぷにぷにのほっぺ。

根元をきゅっと糸で縛って、硬質ゴムの鋏で*の形に切る。

ちょっと歪んじゃったけど奇麗に花開いてくれた。

中は血で濡れてはいたけど電気袋の中はやっぱり黄色くて

ぱちぱち電気が飛び散る花が二輪並んで咲いてるのはとっても奇麗だった。

 

ふわふわしててふりふり揺れる大きな尻尾。

しっかり片手で先を摘まんでメスを握って振り回すと

裂傷がいっぱい出来て血潮が乱れ飛んだ。

白と青のコントラストが眩しい所に紅い線が走るのはとっても奇麗。

 

いつもはちょこまか動いてる小さな手足。

指先から付け根までいたるところに切込みを入れておく。

切るたびにぷつっぷつっと筋肉や血管が切れる感触が気持ちいい。

太めの血管を切ると血がぶわっと溢れ出してくるから早くしなきゃ。

 

浅く上下を繰り返すちっちゃいお腹。

パチリスは皮下脂肪が少ないみたいで浅ーく切っていかないと

内臓を傷つけちゃうから慎重に慎重に。

つつつーと下に動かすと赤い線が後をついてきて

指で広げると真っ赤な血とピンクの内臓が溢れてきた。

腹圧によって飛び出すって聞いていたけどこういうことなんだね。

せっかくなのでさらに内臓も開いていくよ。

内臓はぷにぷにぬめぬめしていて刃を入れるのが楽しくなっちゃう。

腸を開くと食べ物の消化されていく過程が見えた。

全部開いちゃうと後が大変だからいろんなところに

切込みを入れるだけにしておいた。

胃を開くと中には餌の木の実や果物の溶けかけが入っていた。

 

体中から出てくる体液をなるべくこぼさないように吸い取ったりしながら

用意しておいた銀色に鈍く冷たく光る「モノ」

――ゴルフボール大からBB弾ほどの大きさの物まで――を

今まで開いたいたるところの傷に埋め込んでいく。

耳や眼や内臓に開けられた穴は放り込むだけだから簡単だけど

傷口には指で押し込まなければ入らないところもある。

そこには上に「モノ」を置いてから指先で押し込む。

つぷんと入るところや押し込んでも飛び出そうとするところ、

反応は色々だけど、差し込まれた指から感じられる暖かさや

筋肉の間を分け入る感触、抜かれた指に絡みつく血脂はどこも一緒。

極細のテグスで「モノ」が出てこないように、

「モノ」を放り込んでいないダミーの傷も一応、縫い合わせる。

おっと、ここから先は後のお楽しみだよん。

この可愛らしい顔が歪んでいくって考えると…ん〜楽しみ!

次のページには小さなピンクの花柄の手作り封筒が貼り付けられ、

開いてみると中には小型のディスクが入っていた。

早速自室のコンピューターに差込み再生することにした。

画面の中には娘に抱えられたパチリスが映った。

多少皮膚がぼこぼこしていて縫い目が痛々しいが

「日記」に書いてあるほどの大手術の跡とは思えないほどだ。

さすが私の…おっと、また話が過ぎてしまうところだった。

娘はパチリスを部屋の真ん中に横たえ

周りに色々な種類の刃物を並べ、傷薬を数十本周りに散らばせる。

簡単な輸血キットも用意してあり、いざとなったら自分で行なえるようになっている。

パチリスの体の前後左右から撮られたレントゲン写真数枚も並べて置いた。

娘はその出来映えに満足そうに頷くと

パチリスの鼻先にハンカチをあてがうと、すぐに画面から消えた。

 

「ぱぁ…ぱちぃ…?」

クロロホルムから覚め、くらくらする頭を押さえながら

むくりと起き上がり不思議そうに周りを見回す。

まだ現状が把握できていないパチリスの頭上から声が響いた。

『眼が覚めた?パチリス。取り合えずあなたの今の状況を教えるね。

体を見てもらえば分かると思うけどいっぱい傷跡があるでしょ?

そこにはなんと、「爆弾」が埋め込まれていまーす!

取り出し方は簡単。周りに置いてある刃物で傷口を開いて取り出すだけ。

心配しなくても傷薬で開いちゃった傷は癒せるし、

レントゲンを見ればどこに埋めてあるか分かるからね。

ただし、ある程度時間が経つと順に爆発する、

時限式の爆弾だからくれぐれも迅速にね。

どのくらいの時間が経つとどこが爆発するとかっていうのは

教えられないからとにかく早く取り出すことをお勧めするよ。

あ、でも10秒前になったらカウントを始めてあげる。』

その言葉を呆然とした表情で聞いていたパチリスは

涙を流したり頭を抱え込んだりしていたが

ふと我に返った様子で不敵な笑みを漏らした。

「ぱちぱっちぃ」

『あれ?信じてないのかな?まぁいいや。

もう少しで嫌でも信じざるをえなくなるから。10.9.8.7…』

「ぱちっ!?…ぱぁちぱちぃ」

カウントを聞いた瞬間パチリスの顔に恐怖の影が走るが

すぐに多少引きつってはいるが不敵な笑みを作り直す。

『意地っ張りだなぁ…3.2.1.ぜろぉ!』

爆発音はぽすっという大した音ではなかったのだが

「ぱちぃっ!?」

爆発音と共に額の皮膚が弾け跳び人間の親指ほどの大きさのえぐれが生じていた。

額から血をだらだらと流すパチリスはぼろぼろと涙を流していた。

『額には血管が多いし流れてる血の量も多いから

そんなに傷は深くないよ。痛みも少ないはずなんだけど…

あ、もしかしてびっくりしたのかな?でも…変なの。

早く出血を止めたいなら傷薬を使えば良いのに。』

笑い混じりの娘の言葉にぴくっと反応し、

すぐさま近くに転がっていた傷薬を頭からびしゃびしゃと被る。

「ぱちゃああぁ!!??」

先程より大きな声が響き床の上をごろごろとのたうちまわる。

見開かれた目にも薬液が入ったのか眼を押さえ込み、

指の間からは充血した眼と流れる涙が見え隠れしている。

スピーカーからは娘の笑い声が聞こえていた。

パチリスは体中を真っ赤に染めているがどうやら血ではなさそうだ。

その証拠に額の傷はじわじわと塞がり始めていた。驚くべきスピードだ。

『ごめんごめん。言い忘れてたけどその容器の中には

タバスコや塩やマスタードの混合物を傷口に塗ったときの

数十倍の痛みを与えるお薬が入ってるの。

でも、効き目は抜群なんだよ。あっという間に治っちゃうの。』

笑いすぎて呼吸が荒い娘の声が聞こえているのかいないのか

額を押さえてうつぶせに倒れひくひくとしていた。

痙攣しているパチリスには無常な言葉が降り注いだ。

『ずっとそうしてても良いけど早くしないと

次のが爆発しちゃうよ?場所は教えないけどね~。』

がばっと跳ね起きたパチリスの顔は恐怖で歪んでいるが

眼は狂気を湛え、刃物の上に視線を彷徨わせていた。

一番近くに落ちている果物ナイフを掴み、レントゲン写真を引き寄せる。

焦りと不安からかその手はふるふると小さく震えていた。

『ヒント無しだと厳しいからヒントを出すよ〜。

えっとね、一気に死んじゃうとつまんないから、

命に別状の無さそうなところからだよ。

あ、ヒントじゃなくなっちゃったかな?ま、いっか。頑張ってね〜。』

緊張感をまったく感じさせない娘の声が

必死の形相でレントゲン写真に視線を這わせ、

脂汗をだらだら流すパチリスの頭の上をなでていく。

「ぱち…ぱちぃ…」

ようやく決心がついたのか小さな両手でナイフを握ると

尻尾を体の前へと移動させた。

以前は白地に青の毛色が映え、艶のあった尻尾が

痛々しい縫い目を見せ、所々ぼこぼこと盛り上がっている。

先ほどかかった薬によってまだらに染まり、

恐怖によるストレスで毛艶は格段に落ちている。

「ぱぁち……ぱちぃ!ぱちぱち!」

そんな尻尾を眺めながら涙を浮かべかけたパチリスだが

ふとそんなことを思っている場合じゃないと気づき、

自分の顔をぺしぺしと叩いた。

しっかりとナイフを握り締めるとレントゲン写真と見比べながら

尻尾の先目掛けて一気にナイフを振り下ろした。

「ぱちゃああぁぁ!!!」

尻尾ではじけた痛みに身を捩るが本能的に勢いを弱めてしまったらしく

骨までは達してはいなかった。

…とは言っても筋肉の半ばまでは刺さっているようだが。

とにかく、いつまでもそうしている訳にもいかない。

そっとナイフを抜き、傷口を押し広げた。

「―――っ!…ちぃぃ…」

相当な痛みを歯を食いしばって堪え、手を差し入れた。

『自分の体の中に異物が、それも自分の腕が入ってくる感触って

どんな感じなの?やっぱり変な感じ?』

痛みと嫌悪感のみであろうにと娘の台詞に苦笑するが

画面の中のパチリスはいたって真剣だ。

赤々とした肉の中に自分の腕をうずめ掻き回せざるを得ない。

少しでも動かすと激痛が走るが爆発はこの上なく怖い。

半ば麻痺した頭で短い腕をさらに押し込むと

何か硬いものに当たった。

「ぱちぃ…」

少し安心したような表情でつかみ引っ張ろうとするが

なかなか抜けず、それどころか激痛が走る。

力任せに引っ張るとごきゅりと嫌な音がして

腕を引き抜くと多量の血が噴出した。

怯えた顔をしながら恐る恐る手を開くと手の上には

血に塗れた白い骨片が乗っていた。おそらく尻尾の骨の先端であろう。

少し不思議そうにしながらその事実を飲み込めない――

飲み込まない――ようにしている青い顔をしたパチリスの耳に

悪魔の声とも言えるような言葉が飛び込んだ。

『あーあ、自分で骨もいじゃってるよ。』

「―――――っっ!!!」

しばらく蒼白な顔でその骨を見つめていたが声にならない悲鳴をあげた。

嫌悪感に込みあがってくる胃の中身を堪えきれずにぶちまける。

『あ、次のがそろそろだね。10.9.…』

半狂乱の状態に陥るがその耳に無常にも娘の声が入った。

涙と吐瀉物でどろどろになった顔をむっくりおこすと

レントゲン写真を見ながらもう一度傷口に手を差し入れる。

「ちいぃ…ぱちぃぱち…」

今度は先ほどよりも浅い所で手を動かしているようだ。

それほど痛みを感じている風もなく、

恐怖で強張った顔から痛みに歪む様子を読み取れない。

激痛より恐怖と焦りが勝っているのだろう。

3

手の先がつるりとした大豆ほどの大きさの物に触れる。

先ほどより慎重に――それでいて急いで――引っ張り出す。

2

先ほどよりは抵抗感なく引き抜かれた掌に乗ったそれは

元々の金属の光沢を失わず、纏った血糊をぬらぬらと煌かせていた。

1

慌てて放り投げたそれは空中で小さな閃光をひらめかせ

きゅぼんっという音と共に爆発した。

『ぎりぎりセーフだったねぇ。とりあえずはおめでと。

ん〜、尻尾が吹き飛ぶのも見たかったんだけどなぁ。

あ、えっと、次のヒントは冷え性の人にとって冬辛い所だよ。

ちなみに、刃物はちゃんと最後まで使えるようにしてるから。

2個いっぺんに発動するから頑張って探してね。』

先ほどの閃光に眼が眩んでいたが爆発の恐ろしさに

歯をがちがち言わせつつも視線を下へと移した。

「ぱ…ぱち…ぱちぃ……」

視線の先にあるものは――――足だった。

改めてナイフを握り直すと怪我が開かないように

留めている糸に刃を当てた。頭を使ったようだ。

しかし、血脂がべっとりと付いた果物ナイフでは上手く切れはしない。

ナイフで切るのをあきらめたパチリスは和鋏を握ると

糸を出来る限り上へと引っ張りあげた。

同時に縫いとめられた皮膚が引っ張りあげられ、

肉がぎりぎりと締め上げられて苦悶の表情を見せながらも

半透明の糸をしょきり…しょきり…と切っていく。

たまにじゃきりと毛を切ってしまったり、

ぐじゃりという嫌な音と共に肉までを挟みこんでしまったりして

びくんっと震えたりはしているがそれにも歯を食いしばって耐えている。

ようやく糸を切り終え、引っ張った所為もありべろんと皮がめくりあがり、

だらだらと血が流れ出す傷口を、荒い呼吸を整え見つめる。

「…ちぃ…ちぃ………っ!!」

目を閉じて一つ深呼吸をすると目を見開き両足の傷の中に手を突っ込んだ。

「――っ!!――っ!!――ぢい゛い゛いぃぃぃ!!!」

最初は唇を噛み、我慢していたようだが唇から血が流れ始めると、

そうもいかなくなってしまったようで声をあげてしまった。

自分の手で自らの皮膚をめくり、筋肉を掻き分け、神経に触れながら、

懸命に肉の中を探る姿は酷く残酷な喜劇の様に無様で滑稽な姿だった。

手ごたえがあったと見えて引っ張り出した血に塗れた両手には、

梅干の種ほどの爆弾が握られていた。

埋まっていた腕が引き抜かれ、ぽっかりと開いた足の穴からは

真紅の血があふれてはいるが、手前の方は固まりかけており、

それほど酷い出血とはなってはいなかった。

とはいえ、多くの血を失ったと見えて顔は真っ青になってしまっている。

『わぁ、おめでとぉ。今回は早かったから次まで時間があるよ。

今のうちに輸血でもしておいたら?顔真っ青だよ?

こんなに早く死んでもらっても困るしねぇ。』

ぱちぱちと拍手をしながらさらりと酷い台詞を吐く娘。

その言葉に青白い顔をさらに青くしつつふらふらしながら周りを見回す。

その眼に輸血セットが映るが通り過ぎ、視線を彷徨わせた後ようやく見つける。

焦点が合わないほど血を失っているようだ。

「ぷぁ…ぱちぃ……」

のろのろと移動し、腕に針を突き刺し、スイッチを入れる。

適当に刺したらしく皮膚が盛り上がり、慌てて抜き、もう一度刺す。

何度目かの後、ようやくしっかり入ったらしく、ふぅと一息ついている。

ぶすぶすと針を抜き差しされた皮膚は若干赤黒く、麻薬中毒者のようになっているが、

それほど痛みを感じていないようだ。痛みに対して若干麻痺してきているらしい。

それでもさすがに傷薬を使うときには躊躇する。

傷を塞がないと輸血された血も大した意味を成さないことは分かって入るようだが、

先ほど被ったときの思い出がトラウマとなっているようだ。

目をぎゅっと閉じ、歯を食いしばり、一気に足先の大穴の中に突っ込んだ。

「ぱちゃあああああぁぁぁぁ!!!!!」

目を限界まで見開いたため、目の縁から流血して血の涙を流しながら、

喉が潰れるほどの叫び声を上げ続けるも薬液を注入する作業は止めない。

「…ちゃぁ…」

脂汗をだらだら流しながら、突っ込んでいた薬の容器を抜こうとするも抜けない。

凄まじい勢いで傷が塞がりかけてきたために容器に癒着してしまったようだ。

疲れたような表情を見せつつも無理やり引き抜く。

その際に皮膚が引っ張られ、肉が裂け、新たな傷が出来るが、

諦めたのか、たいした痛みではないのかぴくりと動くだけでほとんど無反応だ。

輸血パックを握り締めて輸血速度を早めつつ、レントゲン写真を確認している。

娘はその姿につまらなそうな声をあげる。

『むぅ、そんなに余裕そうなら教えてあげないよ?

次の爆発が後一分後だってこと。

…あ、言っちゃった。えへへ』

慌てて輸血の終わったパックとレントゲン写真を投げ捨て、

腕に刺さった針が皮膚を引きつらせながら抜けるのも無視して、

刃物の中に手を突っ込んだ。

 

その後は下半身の皮膚の表層部分を爆破されたり、取り出したりと

ぎりぎりの時点での爆発が何度かあり、

赤のグラデーションで体を染めながら内臓の方に移っていった。

 

『よく頑張ってるねぇ。そろそろもっと中の方にも行ってみよっか。

じゃ、次は内臓ね〜。お腹の上の方から爆発するんだけど、

一個でも取り出し損ねると連鎖を起こしちゃうから注意ね?』

数度の爆発によって筋肉辺りまでを露出させた足を引きずるようにしながら、

血脂にまみれたバタフライナイフを投げ捨て、新しくアーミーナイフを掴む。

大量の出血をするたびに輸血をしたため青黒く盛り上がった箇所のある腕を

大変そうに持ち上げながらお腹に突き立てる。

すでに喉は潰れ、ぜぇ…ひゅぅ…と言う音しか立てなくなっていた。

くらくらする頭と飛びそうになる意識を痛みと意思で無理やり覚醒させ、

なるべく余計な所を傷つけないように薄く浅く切り開いていく。

手術時に娘が感嘆した腹圧で消化器官が飛び出してくる。

手で無理やり押さえ込み、糸を手で引きちぎって爆弾を次々と取り出していく。

ダミーの傷も開いてしまったり、胃液で無事な部分も焼け爛れさせたりしながら

着実に胃から腸へと手を進めていく。

そんな中で、無情にも始まるカウントダウン。

焦りと体液や血液のぬめりで上手く糸を掴めなくなりさらに焦るという

悪循環にはまり込んでいく。

遂にカウントダウンも終わりかけ、諦めたのか目を閉じ、

衝撃に備えるパチリスの耳に『0』の声。

同時にぐぼぼぼぼぼぼんとくぐもった爆発音が響き、腹の辺りが白い閃光に包まれる。

小腸から大腸にかけて弾け飛び、肉片や血が宙を舞うのが見て取れた。

パチリスの口からは大量の血がごぷぅと溢れ出し、娘の笑い声だけが響いていた。

虫の息になったパチリスの耳にはその声は聞こえているのだろうか?

『もう死んじゃうのかな?その前に最後まで爆発させてね。

あ、もうちょっとで最後だし、いい事教えてあげる。

あのね…』

 

『これ時限式じゃなかったんだ。』

 

『私の手元にスイッチがあって、それを押せば爆発したの。

焦る姿が可愛かったからそんな嘘ついちゃった。

…じゃぁ最後は一度に押すよ。えぃっ!』

  

かろうじて胸が上下するのみとなったパチリスの胸の辺りと顔で閃いた光が収まると、

視神経がつながったままの目玉や、それが入っていたぽっかりと口を開けた眼窩、

ぷるぷるとした脳みその欠片、だらりと垂れ下がった、

こんなにも長かったのかと思えるほどの舌、

完全に弾け飛び、原形を留めず、脳みそが見えるほど抉れた耳、

顔の真ん中に陥没したような跡に二つの小さな穴が開いているだけの鼻、

それらが頭と思しき辺りに飛び散り、

心臓も肺も吹き飛ばされた胸には大きな穴が開き、

床にこびり付いた血がてらてらと光り輝いていた。

 

動くもののいなくなった実験室には娘の笑い声だけがこだまするのみであった。

実験はずいぶん上手く行ったようだ。

それでこんなに幸せそうな寝顔をしているのか。

こんなに娘を幸せに出来たパチリスもさぞかし嬉しいことだろう。

 

私は娘の頭を一撫でしてから、寝室へ向かった。

明日も良い日になることだろう。