今日はニャースを使って実験を行おうと思う。

Dr.Oの孫のライバルの近くには二足歩行ができて喋るニャースがいるというが、

そう都合良くいるはずもない。今回は普通のニャースだ。

実験体棟の方で見つけたときはリラックスしきり、伸びをしたり顔を洗ったりしていたが、

連れてくる際に引っ掻かれそうになるは、財布は掏られかけるは酷かった。

白衣に爪を引っ掛けられそうになったので、思わず蹴り飛ばしたらぐったりしてしまい、

他の傍観していたニャース達も少し後ずさりをしていた。

ぐったりしているニャースは腹が青黒くなり、腫れてしまっていて

確実に内臓を損傷していて使い物になりそうにないので、

処理班(事後処理や不要物の処理を行なう者達…死体愛好家が多いらしい)に任せた後、

他のしり込みする奴らと違い、毛を逆立て爪を出して思い切り威嚇している奴を選んだ。

こいつが一番活発で、何よりその反抗的な気の強さが気に入ったのだ。

麻酔成分が塗ってある小型のダーツを当てケージに投げ込むとさっさとその場を後にする。

途中で処理班の奴とすれ違ったが顔色は悪く、怪しい笑みを浮かべた奴だった。

皆その様な奴ばかりで、死臭を漂わせ、見ただけで気が滅入る。

…まぁ、あまり人のことは言えないが。

研究室に着き、実験室にニャースを入れて、準備しておいたものを出す。

二尾の秋刀魚だ。旬の物を用意したので脂がのりきっている。

見た目は普通の魚だが、もちろん仕掛けが施してある。

一尾にはブドウ球菌腸毒素が、もう一尾にはボツリヌス菌毒素が塗布してある。

今回はバクテリア毒素を使った食中毒を起こすのだ。

ブドウ球菌腸毒素はブドウ球菌バクテリアによって作り出される一般的な食中毒の原因毒素である。

蛋白質で出来ており、水に溶けやすく安定しており、数分間の煮沸や冷凍にも耐え、1年以上保存できるので扱いやすい。

だが、毒素自体はそれほど強くない。

それを補うのがもう一尾のボツリヌス菌毒素だ。

非常に毒素が強く、ほんの少し吸い込むだけで死に至るようなものもある。

しかし、弱いものでは人間で数日間の潜伏期があるのだ。

その間の暇つぶしのためにブドウ球菌腸毒素を用意したとも言える。

おそらく毒素の相互作用や体の小ささがあるので良いタイミングで順に現れるだろう。

もちろん保存方法は完璧だ。

直射日光の当たらない暖かい部屋に加湿器を置いて放置しておいたのだ。

丁度良くバクテリアが繁殖してくれていることだろう。

ニャースの目の前に使い慣れた餌入れを置き、二尾の秋刀魚を入れておく。

まだ起きないようなので、先ほどの苛立ちも込めて力任せに額の小判を剥ぎ取る。

驚きと混乱の入り混じった鳴き声を上げ、寝ぼけつつ眼を覚ましたニャースを尻目に

小判片手にさっさと部屋を出る。

それほどしっかりはくっついていなかったらしく、額の皮が剥がれてひどく出血しているが、

血管が集まっている場所なので出血量に見合うほどの深い傷ではない。

出血の驚きと小判の喪失感と多少の痛みに戸惑っている様子で、

紅く染まった黒い耳や黄色っぽい白い顔を必死で拭うが、

それほど酷い傷ではないこともあって、額の小判は惜しいのだろうが

かさぶたが出来始めた額から餌入れに入った美味しそうな魚へと興味を移す。

周りの様子がいつもと違うことに首を傾げつつも食欲には勝てず、

独り占めできる嬉しさからか、上機嫌で平らげていく。

二尾とも食べきって満足顔で前足を舐めるニャースをモニター越しに見つめる。

先ほどの小判を娘のために磨きながら待つことにした。

30分後、ようやく異変に気が付いた。

腹痛が始まったらしく、腹を押さえてのた打ち回りだした。

胃自体が動くので、相当の痛みだろう。

声を出すことで少しでも紛らわそうと唸り声を上げ、涎を垂らす。

胃のびくびくと言う動きから吐き気が誘発されているようで、

体毛の上からでも判るほど青い顔をしてぴくぴくと動く腹をさすりながら痛みに耐えている。(胃筋肉痙攣)

我慢が出来なくなったらしく胃の内容物を戻し始めた。

こちらも胸がむかむかしてくるような声や音と共に、

消化されかけの秋刀魚の一部と胃液が出てくる。

量からするとどうやらほとんど腸へと送られたようだ。

前かがみになり、背中を丸め、痙攣しながら消化物を撒けていた。(嘔吐)

とうとう腸にまで毒素が行ったらしい。

なかなか納まるところを見せない胃の痛みと吐き気に加えて

我慢しきれない腸の痛みがニャースを襲う。

消化不良を起こした秋刀魚の残骸らしき物と軟便を吐瀉物の上に撒き散らす。

水っぽい便の噴出が終わった後にかろうじて固形を保った便がお情け程度に出る。

歯を食いしばって痙攣しつつも腹痛に耐える。(下痢)

腹の中身が空になったらしく吐く素振りは見せるものの、

実際に出るのは胃液と痰の絡んだ唾だけで、

便も、顔を真っ赤にして力を入れるも、腸液がかろうじて出るのみだ。

しかし、大きく肩で息をしているものの少し安心したような表情を見せている。

徐々に和らいできたのだろう。

ようやく収まりかけ、脂汗も退いてきて落ち着いた頃に第二波が始まった。

ボツリヌス菌毒素が効き始めたのだ。

先ほどの嘔吐と下痢で排出されてしまったかと思ったが、

きちんと体内に吸収されていたようだ。

しきりに目をこすり瞬きを繰り返す。

徐々に霞んでくる視界に最初は周りに異変が起こっているのかと思っていたようだが、

ほとんど見えなった頃になって、ようやく眼に異変が起きたのだと判ったようだ。

戸惑い、ふらふらしつつ、ぺたんと座り込んでしまった。(視力障害)

さらに頭をくらくらと揺らしだす。

前足で頭を押さえるものの平衡感覚がつかめなくなってきたのか、

ほぼ見えなくなってしまった目もぎゅっと閉じ、伏せてしまった(めまい)

再び襲ってきた腹痛に汚れるのもかまわず汚物の上を転げまわり始める。

先ほどよりは弱まったものの衰弱しているところに起こったのだから

ニャースにしてみれば大変なものだろう。(胃痛)

もう出すものの無くなった腸からはわずかに腸液が漏れ出す程度で、

せめて排泄出来れば少しは気も紛らわされるのだろうが。

ごろごろと腸が収縮する苦しみだけがニャースを襲う。(下痢)

悔しさに歯を食いしばり、必死で声を殺して暴れまわっていたニャースだが、

徐々にその動きも緩慢になり、表情からも険しさがとれてきた。

自分の意思に反して動かない体に焦っているのだろうか、

ぼんやりした表情からは何も読み取れはしなかった。(筋肉弱体化)

徐々に弱弱しくも咳をしだす。腹部を見ると呼吸が不規則になってきているのだ。

喘息のような呼吸音をさせながら本人は必死で呼吸を繰り返している…と思う。

すでに汚物の中で動きを止め、薄く開けた目からは生気が失われかけている。(呼吸器筋肉構成を含む全身麻痺)

浅く、途切れ途切れになった呼吸が一際大きく吸い込まれ吐き出されると

再開されることはなかった。(窒息)

ニャースは必死に暴れ、苦しみぬいて逝ったのだろうが、

表情はあまりなく、汚物の中でぐったりとしている死体自体からは

暴れ苦しんだ様子はほとんど伝わってこなかった。

もちろん、周りの惨状や体のいたるところに付着した汚物からはひしひしと伝わってくるがね。

モニターを見ながら無意識のうちに磨いていた小判は光り、

本体との対照的な眺めに満足しつつ、報告書を書き始めることにした。