恐怖しか宿らず、被害妄想に捕り憑かれ、”コエ”と”ヤミ”に支配され、
動くこともままならなくなったブラッキーの心は完全に壊れてしまっていた。
もはやその頭で普通に何かを考えることなど出来はしないだろう。
私は部屋の気温調節のつまみを最低まで捻った。
急激に下がっていく気温に、焦点の合わなくなった瞳を彷徨わせるブラッキーは
今まであげたことが無いほど情けない、助けを求める声をあげた。
しかし、そこから動こうとはせず、吐き出される白い息を目で追っていた。
艶のある漆黒の毛並みに霜が降り、恐怖から来る震えが寒さからに変わり、
意思は無いが、毛を逆立てて僅かでも暖を取ろうとする生命の本能に感心させられる。
尻尾の先や指先に凍傷が起こり、徐々に壊死をし、どす黒く変色した部位は、
根元からころりと落ちてしまった。そうなる頃にはすでに四肢には感覚が無く、
長い鼻や耳も取れかけ、間抜けなゾンビ顔へと変貌を遂げていた。
風鈴にシャワーズの部屋の注水装置をこの部屋へと付け替えてもらい、
水を少しずつ流し込んでいく。床に流れた水は室温より高いため、
ブラッキーの体に僅かながら暖かさを与えるが、すぐに凍りついた。
床から注水するための穴が氷で塞がれたため、上からに切り替える。
唐突に降り注ぐ水滴は急激に冷やされ、氷の粒と水の粒、半々ほどになり、
ブラッキーの体を撃った。その鋭い痛みに、声帯が凍り空気の冷たさで出ない声を振り絞り、
小さな悲鳴を上げる。冷やされて強張った皮膚は少しの衝撃で簡単に傷つく。
小さな氷の粒が、凍りつきかけている毛皮の上を滑るとその線に沿って、
すーっと皮が開かれ、薄桃色の肉が曝け出される。
しかし、冷凍庫並みに冷やされた、この部屋の中では血が出ることも感覚もほぼ無い。
徐々に床に溜まっていく氷だが、逃げようとしても、四肢を氷で固められたブラッキーは動けない。
その寒さで眠気を催し、ほんの少し意識を飛ばした隙に、首の下まで凍ってしまっていた。
くたりと首を倒していたため、顔の皮が凍りに張り付いてしまっていた。
張り付いた皮膚を無理やり引き剥がすと、凍りついた皮膚が氷に持っていかれ、
べろんと剥がれてしまった。瞼も張り付いてしまい、目を開くことも出来なくなった。
喉、口、鼻と埋められ、凍り付いていく。とうとう頭まで凍りつき、氷の彫像と化した。
まるで眠っているようなその姿はアートとして飾っておきたいほどであった。